って読んだ事ある人いますか?
驚いた。
ドラマ見れば良かった。
2人のダメ生徒を一年という短い期間で東大に合格させ、潰れる寸前の高校を進学校に変えようと言う、一見自分には関係の無さそうなテーマなので敬遠していましたが、何故この漫画がウケたのか納得しました。
人生において大切な考え方がとても解りやすく描かれている。
漫画だと思って舐めてはいけませんね。
色々なビジネス関連の本も読みましたが、これにはそれらの大事な部分を実行していく例が様々に描かれていて、しっかりとした「ストーリー」もあるから読み疲れない。その分しっかり頭に入る。
活字だけで例文を読まされてもピンと来ない部分が人間ドラマによってリアルに伝わってくる。
東大を目指す事のない私にも十分過ぎるほど意味のある内容だ。
「目標を達成する」という考え方は東大受験でも、ビジネスでも、人生においても基本は変わらないという事が良く解る。
自己啓発やビジネス論についての本を読んでもイマイチしっくり来ない人、そういうもの事態が苦手な人はこれを読んでみてはいかがでしょうか。
精神が未発達な生徒達を見て思ったのは、「大人も大して変わらないな」ということ。もちろん僕も。
年齢的・社会的には大人と認められ、「大人になった」という”言葉だけ”の自覚をしている人は多い。
けれど、『大人の定義』を説明出来る大人がどれだけいるだろうか。
殆どの人間は所詮多数決というあやふやな答え=常識の中で泳いでるに過ぎないので定義付けをする事は出来ないかも知れないが、「自分の考える大人とは」を具体的かつ論理的に説明出来る人はあまりいないんじゃないだろうか。
少なくとも自分の大人加減をひけらかす人は大人な心を持っている様には見えない。「へー、凄い! 大人だなあ。 さすが○○さん!」といってくれるのを待っているのが見え見えだからだ。
そういう人は顔に「褒めて下さい 俺ってすげえだろ」って書いてあるのがすぐ解る。電話でも話し方で伝わってくる。というよりそう返すしかない話し方をする。
そんな人に「大人ってなんでしょう」と問うと、決まって自分を中心とした考えやそれを話す事で相手の自分に対する好感度を上げようとする。
人に相談される自分はその人より上だと安易に考え、自分を客観視出来ていない証拠だ。
だから段々と相談者が減り、人が遠ざかってもその原因が自分にあると気付かない。離れていく人も「この人と話しても無駄だ」と諦めてしまう。
そして一番自分を客観視する材料の人との対話や、意見をくれる人が減る事でいい歳になってもそれが治らない悪循環に陥るのではないでしょうか。
原因を理解しても治せないという人も知り合いにいますが。
でも申し訳ないが、その「理解」は本当に理解していないんじゃないか?と思ってしまうことがある。
話し振りを聞いても「誰々にこう言われたから 自分はこうらしい」など、裏を返せば「自分を解ってない周りが悪い」というニュアンスに聞こえることがある。
そこに納得をしていないのだ。
理解は納得から始まると思う。
本人がそこにしっかりと意味を見出せないから行動に移せないんではないだろうか。
そして納得は謙虚な心・素直な心を持たないとなかなか難しい。
信頼のおける相手、自分の好きな人からの意見は聞くが、それ以外の意見は感情的に突っぱねるという人が多いが、誰からの意見も「その人の考え方なんだ」と良くも悪くもまず受け止める事で「納得⇒理解⇒変化⇒円滑な人間関係⇒多くの人が認める大人」になれるんじゃないかと僕は思う。
その人を認めない事にはその人や似た考え方の人とは永遠に解り合えないままだ。まあそんなに器用に生きるのも疲れるので、嫌いなものは嫌いとはっきりしてた方が人間らしくて個人的に好きだったりもする。実際見ていてスカっとする時だってある。
上記のような人も「大人」という観点から外せば考えてる事が解りやすく、余計な腹の探りあいをしなくて済むので、一緒にいて楽しいタイプもいる。
ただ、その中でもいやらしい雰囲気の人はどうにも嫌いだ。
むっつりすけべ的な。
例:「前カラオケ行ったら○○にケミの堂珍に似てるって言われてさ~、そんなに似てるかなぁ?」とニヤニヤ話す人。とか^^;
これならいっそ「いや~俺カッコいいわ!堂珍超えたね!」くらいに言ってくれた方がこちらも気持ちよく「だな!さすがの堂珍もお前にゃかなわんよ」と気持ちよく返せる。
どんな顔でも、本気だとしても構わないから少しジョークのニュアンスが欲しいです。
話は戻り、ドラゴン桜でとても納得した言葉。
『人間の気持ちを動かすなんて地球を指で押すようなものだ』
どんなに良いアドバイスをくれる人が沢山いて、それでその人が変わったように見えても、結局自分の好みや考え方に合ったものを選んでるだけで、変わってるのは自分自身だと言うこと。
ああなるほどと。
確かに僕は人に「自分の周りには良い人が沢山いたから昔よりほんの少し真人間になれました」と言っていたが、それは全て自分が「こうありたい」と元々望んでいたことであって、その人に言われたから変わった訳ではないなと。自分の理想と合う意見を探して、選り分けて聞いていた気がします。背中を押してくれる人を探してただけなんですね。
今日の所の結論は、結局人間は皆自己中心的だということ。
たまたま考えが世間の常識に近ければいいけれど、そうじゃない人が悪い訳ではない。
ただ残念なのは、世間は一般常識から外れる事を嫌うので必死に足並みを揃えるしかない。
でも常識や人の考えを知るほど適度な自分らしさも確立しやすいし、自由になれることも多い気がする。知らないで不安なままいるより心も良い意味で覚悟が出来て軽くなる。
その上で多少常識外れなことをするのも一興かなと。
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